▲予約型定額乗合タクシー「のりーね」
山口県田布施町
3331号(2025年9月1日)
山口県田布施町長
東 浩二
● ポイント ●
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暮らしを支える地域公共交通の維持・確保は、交通分野にとどまらず、まちづくり・健康・福祉等、さまざまな分野に大きな影響をもたらします。
田布施町における地域公共交通は、町を東西に横断する鉄道(JR山陽本線)、路線バス(6路線)、一般乗用タクシー(1事業者)、航路(離島)から構成されています。近年、少子高齢化や自家用車中心の生活の定着に伴い、そのいずれも利用者数が減少し、田布施駅は数年前からみどりの窓口営業が終了し、現在は無人駅となっています。また、路線バスは6路線あるものの、町の中心部に向かう路線や町内を南北に縦断する路線はなく、鉄道も路線バスも運行していない交通空白地域で生活している高齢者は、町内外の医療機関への通院や買い物などには、家族や知人の車、または一般乗用タクシーに頼らざるを得ません。一般乗用タクシーも運転士不足は深刻で、全国的な課題と言えますが、田布施町においても、こうしたサービスの低下・存続が危ぶまれています。
こうした状況の中、これまでデマンド運行の要望を受け、買い物送迎サービスを平成26年から開始し、交通弱者である高齢者に対して、買い物だけでなく日常生活の維持や閉じこもりがちな高齢者の健康増進など、総合的な福祉サービスの向上を図ってきました。しかし、このサービスは65歳以上の高齢者のみが対象であり、また、自宅と町の中心部にある病院・商業施設など6カ所の往復のみで、町外へ向かう路線バスとも接続していなかったため、利便性に制約があり移動の選択肢が限られていました。こうしたことから、年々、利用者数も減少し、町では、乗降場所や便数を増やすなど、サービスの改良も行ってきましたが、買い物送迎サービスは町内全体を網羅した運行ではないため、急速な高齢化の進展に伴う運転免許証の自主返納者など、交通弱者と言われる人の増加といった課題解決には到底追いつかない状況であり、新たな交通サービスの導入が求められていました。
転機となったのは、地域公共交通施策のマスタープランとなる「地域公共交通計画」を策定することがきっかけでした。この計画策定にあたって、「田布施町地域公共交通協議会」を立ち上げ、協議会委員の主導によりとりまとめることとしました。行政はもとより、利用者である町民や交通事業者などの関係者が相互に連携・共創し、まちづくりと一体となった交通施策に取り組むことを全体で確認し、地域公共交通に関わるさまざまな主体がそれぞれの役割分担のもと動き出すこととし、「田布施町の暮らしと利便を支える持続可能な公共交通」を基本理念とした計画を、令和6年3月に策定しました。
町は、この計画策定後、令和6年4月から、すべての町民が利用可能な新たな交通サービスを導入することを前提に、それまでの買い物送迎サービスを抜本的に見直す作業に取り掛かりました。この新たなサービスの導入目的は、町内の移動利便性を向上させ、かつ、田布施町の地域公共交通が持続可能なものとなることとし、目的を達成させるべく構想案としては、
そして、これらを新たな交通サービスとなる予約型定額乗合タクシーのイメージとし、令和7年2月運行開始を目標に定め、その具体案の作成に取り掛かりました。
さらに、夏休み期間中に町内の小・中学生から予約型定額乗合タクシーの愛称を募集し、その応募にあった「のりーね」(この地方の方言で「乗ろうよ」という意味)を愛称としました。また、車体にカラーリングを施すことで愛称デザインを引き立たせ、町民に親しみやすいサービスとして定着を図ることにしました。
こうした「のりーね」のイメージを具体化するため、協議会で、あらゆる検討・調整を行いました。一番の懸念は、需要の多い朝の時間帯にAIが最適な運行計画を導き出すことが可能かといったことでした。AIを活用することは、効率的なルート設定により一運行あたりの利用者数を最大化することで運行コストを最小化させ、また、燃料消費の削減や環境負荷の軽減に貢献するメリットがあります。しかしその反面、AIが効率性を重視しすぎるあまり、午前中の病院への診察や電車の時間に間に合わないケースが出るのではないか、そういった不安が拭い去れなかったため、午前中はエリアを4分割して曜日制で固定ダイヤ便を設定し、それ以外の時間はオンデマンド運行というハイブリッド運行を採用しました。
また、この「のりーね」の運行に関しては、タクシーの通常営業で利用者の少ない、いわゆる空き時間帯であればご協力いただけるとのことで、一般乗用タクシー事業者に委託し実施することが可能となりました。タクシー営業に極力影響を与えない形態を町と事業者の双方が模索し、平日9時から16時までの運行時間(お昼休憩1時間)で合意することができました。1日2回、月20回までと利用回数を制限することになりましたが、この利用回数を有効に活用し、それ以外は、ぜひともタクシーを利用していただきたいとの思いもあります。
予約受付センターは、高齢者対応に精通している高齢者いきいき館職員で業務を担うこととしました。電話予約受付対応やAIオンデマンド配車システムの操作習得に不安な面もありましたが、予約受付を乗車希望日の2週間前から1時間前までとしたことで、予約を分散させることにより、円滑な運営をめざしました。
また、「のりーね」の骨格がある程度固まった段階で、それまでの買い物送迎サービスの利用者に「のりーね」の利用意向調査を実施することで引き続き利用してもらえるよう促し、新たな利用者獲得のために、各公民館等で「のりーね」PRイベントや住民説明会を開催し、また、町議会や町広報においても、チラシや利用マニュアルによる制度説明に努めました。そうした中、利用料金を月額3,500円の定額制支払いとしたことで、「さほど利用されない方にとっては高いのでは」、「都度払いで安くならないのですか」といったご意見も寄せられました。料金設定や支払い方法については、多くの時間を割いて検討しました。利用初回の1か月間は無料のお試し期間とし、この間に、ご自身のお出かけ頻度から「のりーね」を利用すべきか判断してもらうよう呼びかけました。あわせて、この機会にぜひ、送迎などにかかるご家族への負担やご自身で車を運転するリスク、自家用車の年間維持費との比較なども、ご家族の中で話し合われることも提案しました。そして、いよいよ令和7年2月の運行開始を迎えました。
「のりーね」の出発式の様子は、新聞、テレビ各局に取り上げられ、その反響は町が想定していた以上のものでした。「のりーね」の導入により、アクセスの選択肢も増加し、「のりーね」が新たな移動手段として活用されはじめています。初年度の利用登録者見込み数70人に早くも到達し、特に高齢者の利用者数、利用回数が大幅に増加しています。また、当初、懸念されていた利用料金も、直接の受け渡しがないため、運転士、利用者両者の負担が軽減されています。乗り合いのため複数の移動を束ねながら運行することに対しても、むしろ利用者同士の交流が生まれ、時間制限がない移動の場合は、お迎え時間の遅れなども許容してもらえ、「そこそこ便利」な乗り物として認識されつつあります。また現在、「のりーね」のサービスをふるさと納税の返礼品とすることで、田布施町に住んでいるご家族への支援ができるようPRに取り組んでいます。さらに、夏休み期間は児童クラブの送迎も試験的に始め、若年層に「のりーね」の便利さを実感していただくことにしています。今後も、町民の声を反映しながら、さらなるサービス向上を図っていきます。
「のりーね」は、まだスタートを切ったばかりですが、地域公共交通の果たすべき役割は、ますます重要になってきます。そのため、地域の公共交通機関の発展・継続が必要不可欠となります。「のりーね」がその懸け橋となり、多くの町民にとって愛され身近な地域公共交通サービスとして根付き、定着できるよう努めていきます。
今年、田布施町は合併70年という記念すべき年を迎えました。町では、たぶせ桜まつり、田布施川桜まつりロードレース大会、秋に開催する岸辺のステージなどの各種イベントや大会などを通じ、町民の皆さまと一緒にお祝いするとともに、80年、100年と、この素晴らしいふるさと田布施がさらに発展していける良い機会にできればと思っています。
本町では、子育て支援策を最重要施策として、おむつ定期便、妊娠出産・子育て支援給付金、産前・産後サポート事業や産後ケアの拡充、保育料の第2子以降無償化、高校生までの子ども医療費の完全無償化など、子育て世代の負担軽減を図っているところです。
また、町政の基本方針を、『子育てに優しいまち』、『安心・安全なまちづくり』、『支え合い・共助のまちづくり』、『美しくて魅力ある農業・農村地域づくり』、『行政・地域のデジタル化』、『公共施設等の老朽化対策』とし、持続可能な地域公共交通の確立とともに、激動する時代の変化にも対応した新しいまちづくりを進め、町民の皆さまがこのふるさと田布施で、笑顔で安心して住み続けられるよう、これからも『住みやすさ』をさらに磨いていきたいと思っています。