愛媛県松野町長 坂本 浩
地図で見ると四国の左下のあたりに、愛媛と高知の県境を越えて走る「予土線」というJR四国のローカル線があります。伊予の「予」と土佐の「土」が名前の由来のこの予土線は、日本最後の清流四万十川とその支流広見川に沿って、宇和島市の「宇和島駅」から鬼北町、松野町、四万十市を経由して四万十町の「窪川駅」まで、延長約76kmの間に20の駅がある単線で非電化の路線です。
非電化なので、走っているのは電車ではなくてディーゼルエンジンで動く汽車、それもレトロ感あふれるマッチ箱のような1両だけの車両で、朝夕は沿線の高校に通学する学生で比較的混雑していますが、日中はのんびりゆったり、車窓の景色を楽しむことができます。
ちなみに高校生たちは、予土線で通学することを「汽車通」と言っていますが、都会で「汽車通」と言うと「SLで学校行っているの?」と誤解されることが多々あります。
私も高校生だった頃、ほぼ毎日この予土線で、松野町から高校のある宇和島市まで汽車通をしていました。往復約2時間、3年間の通算ではなんと千数百時間も予土線の車内で過ごしてきたわけですが、4人掛けのボックス席で同級生たちとくだらない話をしたり、膝の上にカバンを置いてトランプをしたり、ノートを借りてやっていなかった宿題を写したりという記憶しかありません。今になって振り返ると、青春時代の貴重な時間を浪費してしまったな、もっと有意義な過ごし方があったのかなと少し後悔していますが、汽車の中で新しい友達ができたり、車窓からの四季折々の景色に癒されたり、予土線には思い出がいっぱい詰まっています。
その頃の予土線は、今よりずっと多くのお客さんが乗っていました。私たちのような通学の高校生だけでなく、高知県側から宇和島市内に通勤する会社員も多く、朝のピークの時間にはなんと6両編成の列車が運行していましたが、それでも座席は満員で立っている人がたくさんいました。まさしく、伊予と土佐を結ぶ大動脈として、地域の経済や生活を支えていたのだと思います。
その予土線が今、存続の危機に瀕しています。確かに、沿線の5市町はどこも人口が減少し、中でも一番のお得意さんである高校生の数が激減しています。また、道路の改良整備が進み自家用車の使用が当たり前になって、あえて予土線を移動手段にする必要性がなくなったので、かつてのような混雑ぶりは見られません。このような要因から、予土線で百円の収入を得るためには千七百円の費用がかかるとの数字も出ています。他のJR各社や大手私鉄に比べて資本力が乏しく、新幹線という収益の柱を持たないJR四国にとって、予土線の維持は大きな負担になっていることは事実でしょう。
しかし予土線は、高校生にとっては替えの利かない通学手段であると同時に、四国を循環する鉄道ネットワークの一部で、その環がどこかで切れてしまうと全体の利用価値が低下してしまいます。また、世界的に脱炭素社会の実現が求められる中、バスやトラックの運転手不足や交通渋滞が頻発している状況で、環境にやさしく安全、時間に正確な大量輸送の手段である鉄道は、今後存在価値が見直されるはずです。
加えて、予土線の車窓からの四万十川や広見川とその周りに広がる森林や田園の風景は、全国のどこの路線にも負けない癒やしの空間であり、インバウンドからの評価も年々高まっています。また、沿線5市町が有する観光スポットや特産品、歴史文化、アウトドアスポーツなどさまざまな資源を連携、循環させるツールとしての役割も有しているなど、その可能性は無限だと思います。
昨年、予土線が全線開通してから50年の節目を迎えました。この間、人や物の移動だけでなく、地域の文化や生活も支えてきた予土線を、経営効率の面だけで廃止を議論してもいいのでしょうか。JR予土線は、また鉄道は、輸送インフラの基幹として国が主体的に整備してきたものです。私は、国道・県道・市町村道にそれぞれ役割分担があるように、四国循環路線の一部である予土線は、国の交通施策の根幹として、国が維持すべきだと考えています。
予土線がひとたび廃止になれば、二度と復活できません。半世紀を越えて伊予と土佐を結び、地域の貴重な宝になっている予土線を私たちの時代に終わらせないために、予土線の線路を未来につないでいくために、全国からのご支援をお願いいたします。