農業ジャーナリスト・明治大学客員教授 榊田 みどり(第3359号 令和8年5月18日)
今年1月から4月まで、私の所属する農政ジャーナリストの会で、「検証・日本農業担い手の確保」をテーマに研究会を開催した。
昨年3月末が策定期限とされた「地域計画」では、10年後の担い手が明確化したのは全体の1割しかなく、6割は現況地図(現在の耕作者を70代以上も含めて10年後の担い手に位置づけ)、残り3割は現在でも担い手がいないことが判明し、全体の9割は10年後の担い手が見通せない現実が浮き彫りになった。
もっとも、現場にいる読者の多くは、すでに実感していることだろう。過疎高齢化が進む中、農業の担い手に限らず「この地域は自分たちの代で終わり」「もう手遅れ」という声を聞くたび、私自身、どう返事をしたらいいのか言葉に詰まることがある。しかし、厳しい状況であることは受け止めた上で、それでもときどき、希望を感じる現場に出会うことも伝えたいと思う。
「集落は生きていると本当に感じる」――新潟県の農業委員の友人は、こんな話をしてくれた。2年前、地域計画の「目標地図」の説明に訪れた際、「うちの集落は今のままでいい。将来の担い手はいない」と話し合いに後ろ向きだった集落があった。
ところが、3haの農地斡旋が出たとき、集落内で経営継承したばかりの30代の農家が「俺、借りてもいいよ」と言い出すと、集落の雰囲気が変わった。3haのうち条件不利地は集落の高齢者たちが引き受け、代わりに優良農地を用意するなど、その若手農家をサポートするような動きが生まれ、集落の今後に向けた話し合いも始まったという。
新たな「人」が係わることで、集落が変わる。同じような話は、他の地域でも聞くことがたびたびある。きっかけは、特別な救世主というわけではなく、Iターン者だったり地域おこし協力隊員だったり、それまで地域の高齢リーダーたちが存在に気付かなかった次世代の住民だったりと、いろいろだ。
現在、地域活性化で注目されている地域からも「一昔前はあきらめムードだった」と聞くことがある。要するに、「自分たちの代で終わり」と今はあきらめの言葉しか出てこない地域でも、心の奥底には「できることならなんとかしたい」という、埋み火のような思いを抱えている人々は少なからずいて、何かのきっかけで「もしかしたら」という機運が生まれることもあるのだ。
灰に埋もれて外からは見えなくなってしまった心の奥の埋み火を、「もう消える」とあきらめて見過ごしてしまうのか、それとも消えないうちにもう一度、埋み火をおこすための支援を考えるか。「村だたみ論」や「農村トリアージ(選別)」にも通じることだが、これは、地域の将来の大きな分かれ道になる。
「埋み火に積もった灰を吹き飛ばす」という言葉を最初に聞いたのは、長年、地域づくりの実績を積み重ねてきた長崎県平戸市根獅子町のリーダー、川上茂次さん(現・根獅子・飯良まちづくり運営協議会代表)からだった。
日々の職務に追われる自治体職員だけでは手に余る任務だが、中間支援組織とも連携して、どうすれば埋み火をおこせるか、あきらめずに考えてほしい。